読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

以心伝心記

Technology is anything that wasn’t around when you were born.

時代を変えるのは、いつも素人のバカ野郎だと思う。

パーソナルメーカーの時代は確実に来るだろう。その直感には根拠がある。

1980年代に自分が(お仕事で)触っていたコンピューターはいわゆるメインフレームコンピュータで、個人がプログラミングしたりネットワーキングしたりといった行為は悪ふざけとかお遊び、悪くすると反社会的な行為と看做されていた。

例えば小学校に上がる前の子供でもスレート型のパーソナルコンピューターを使ってワイアレス・ネットワークを通じて、まさに世界規模のソーシャルネットワークにアクセス出来る。

そして、そんな環境は単なる夢想でしかなかった(それが夢想であったこと自体嘘の様だ)。でも、情報のエコノミーのみに制約されていると思われがちな、"民主化と個人的自由の拡張"は物質的なエコロジーのなかでこそ威力を発揮するだろう。

f:id:roadracer:20121231153639j:plain

創造的な個人が新しい表現メディアを自由自在に作れる環境や、創造的なチームが新しいビジネスシステムを既成概念に囚われず開発提供できる環境は、やがてハードウェアを企画設計するだけでなく、それを製造供給するレベルまで拡張されるだろう。

それは歴史的な運命だ。考えてみれば、かつてのパーソナルコンピューターの革命は、多くのメインフレーマーから冷笑あるいは無視されていたし、その後しばらくして本格化したモバイルコンピューティングやタブレットコンピューティングも、同じ様にジョークのごとく扱われていた時代が長い。

CPUやHDDは組織が計画的に管理する物でなくてはならなかったし、ネットワークは常に監視され誰が何にアクセスするかは許認可が必要だった(未だにそういうオフィスで働いている人が多いのが実情だ)。

それはもはや悪夢の様な時代だったのだけど、当時は誰もが真面目にそういうものだと信じて疑わなかった。

ここ数週間、最先端のモノ作りを先行して手掛けているパイオニアへのインタビューを続けているとはっきり分かって来ることがある。それは端的に言うと、既存の製造業が唯一無二のメーカーではないということだ。

 

それは大量生産を基本とし、国毎のマーケティングを前提とし(国境の存在が前提なのはなぜだろう?)、従来の卸し/小売りのバリューチェーンを前提とし、顧客との接点を直接持つ事無く、販売されるのは基本的に一律同じ仕様の商品であり、価格は小売り毎には違いが有るけれども、そこまでの違いでしか無く(パーソナルな値付けは?)、プロトタイプの段階から製品販売までメーカーとコンシューマーとの間に一切の協業が存在せず、販売後はトラブル発生時やメインテナンス時以外はほぼコミュニケーションが存在しない。

そういった製造業を我々が"メーカー"だと看做し続けているのは間違いではないだろうか?

 

メタファーとしては、20世紀のメディアの時代を振り返るとより分かり易いかも知れない。巨大資本が輪転機と全国的な販売網を持ち、ほぼ全ての情報はインナーの記者や編集者による取材と編纂に依る物であって(クラウドソーシングの力を活かせないなんて!)、媒体と読者のコミュニケーションは公式的なひどく制限された範囲でしか発生しない。

例えば、"新聞"はそういった存在だと思うけど、ソーシャルなメディアネットワークの側から見直すと、恐ろしく前時代的でダイナソー的な存在だと驚く他無いだろう。

 

あるいは"コンピューター"は1970年代まではまさにそういったダイナソーだったしインターネット登場以前の情報ネットワーク環境もそうでした。実は世の中には、まだまだそういった変革されざる過去の遺物が膨大に残っている。

かつてパーソナルコンピューターとインターネットが登場する前に構築された 20世紀の遺物が、未だに本質的なイノベーションを求めている。

f:id:roadracer:20121231153445j:plain

従来の製造業が、画一的な製品デザインと退屈極まりない工場労働、薄利多売で創造性のかけらもない収益モデルや経営システムに縛られ続けているのは、なんと不幸な事か?人はモノを創造し、モノと付き合い、モノを使いこなす事で多くの時間を過ごす。

経済システムの多くも製造業とその販売流通が多くの割合を占めています。それを旧態依然のクローズドで重厚長大オールドエコノミーのままに留めておく必要は無いだろう。

 

そして、多くの本質的なイノベーションは旧い習慣や既製のシステムを知らないアマチュアのアイデアや行動力で引き起こされる(起業家精神は、ある意味では暴力的で破壊的なモノだ)。

現状のメーカーズの動きと言うのは恐らくまだ( APPLE I が登場した)ホームブリュー・コンピュータクラブの時代と同じで、基本OSや基本UIの登場する手前の時代だと言えるだろう。

誰もがメーカーになれる時代に何を考え、何を作り、何をもたらすか?本質的な思考と行動が試される、物凄く面白い瞬間に直面している事だけは確かだ。

 

新しいメーカーの話を幾らしても既存の製造業のメタファでしか考えられない話し相手は、ほぼ100%理解することが出来ない。あるいは言葉すら通じない。

でも、時代を変えるのは、いつの時代だって素人のバカ野郎だ。過去のルールとコードを素朴に疑ってみる。そして、当たり前の不便や不合理をどうやったら改善改良できるかを考えてみる。

新しい時代の新しいメーカーは何も製造業を知らない"素人のバカ野郎"の手に依るものになるのだと思う。

f:id:roadracer:20130515095454j:plain