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以心伝心記

Technology is anything that wasn’t around when you were born.

メーカーズの製品が、極めてセクシーであるべきだと思う理由。

この二週間で起こったことを誰に話しても、きっと誰も理解できないだろう。それだけすごい速度感覚だったし、飛躍距離だったし、そもそもが全く異なるアイデアの寄せ集めだったので色々な意味で概念の跳躍がある。でも、全てが組み合わされ製品に成る時には至極当然で普通のものに見えるだろう(少なくともそう願っています)。

その時、どれだけ日常的に当たり前に使えるものなのか?が重要だ。それは単なるガジェットや研究成果であってはならない。日々使いたくて仕方なく成るモノとして届けられなくてはならない。それに向け全ての実現化のアクションが組織化されないとダメなのだ。

個人的に感じたこと。"普通の製品"とは、あたかも睡眠や排泄のようなモノなのだと思う。それは日々欠かせない、避けられない必要事だ。できるだけ安価で簡単で、便利であれば良い。できれば可愛いとか綺麗でも良いけれども、決して必須ではない。

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一方、"凄い製品"は、値段や機能が問題なのではない。極端に言えば、"セクシーかどうか?"なのだ。例えば、人はポルシェにはセクシーしか求めない(顧客にとっての"セクシー"を実現する機能や仕様は当然だとして、それ自体が問題なのではない)。

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セックスは原初的な欲求で動物的な行動と見做されるが、実はそうではないと思う。

セックスをするための手続きやそれを楽しむための創意工夫は非常に高度なものだ。知的には実に高度の働きだ。相当のコストを覚悟し無くてはならないし、ただ欲求を満たそうとする動物的な行動によってはそれを実現できない。セックスは大変なのだ。

それと同時に、セクシーであるということは全く簡単なことではない。食欲を満たすというレベルの刺激では全く不十分だ。哲学的なレベルでの知的刺激や想像力を必要とする。

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これからのメーカーは、日常的な排泄行為に対応するような製品ではなく、哲学的次元や美的崇高さに対応した、極めてセクシーで、官能的なオーラを発揮する製品こそ全身全霊傾けて作るべきだと思う。

逆に言うと、セクシーでない製品。排泄行為的な製品では突き詰めれば価格しか差別化できなくなるので、いずれにしろ早晩競争優位は維持できなくなる。それは単なる物量や販売網や組織力やスケールの問題でしか無い。そうなればメーカーズとしての創発性や創造性は武器にならない。はなから物量で勝てるはずもないし、消耗戦をメーカーズでやる意味や価値は皆無だ。

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だからこそ、メーカーズは形而上学的セクシーに全てを賭けるべきだと考える。以上、まだまだステルス状態で最初の製品開発を続けている起業家のつぶやきでした。