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以心伝心記

Technology is anything that wasn’t around when you were born.

新年の伊勢丹新宿本店でウェアラブル・コンピュータを考える。

今日は初売り二日目のセールを狙って新宿の伊勢丹本店と伊勢丹メンズ館に出かけました。そこではお目当ての財布を探しつつ、日頃気になっているメガネと時計も併せて眺めていました。そこで想ったのですが、それぞれいずれもイノベーションが長期間停滞しているのですね。

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財布は単にアナログのお金を納めるだけ。メガネはほぼ視力矯正のため。時計は基本的に時間を知らせるだけ。いずれも造形が退屈だし(基本的なフォルムに変化がない)、機能も変わり映えせず(デジタルの時代に至ってから何か変わっただろうか?)、新しい提案は微小な範囲に留まったまま(いずれの産業も先細り基調)、そこから新産業が新たに興る様なムードは限りなく少ない気がします。

ご存知のように、お金はドンドン変わっています(モバイルの用途の多くは消費と関係しています)。人の視界を巡っては日々物凄い争奪戦が繰り広げられています(ディスプレイが極小化すれば、それはコンタクトになるでしょう)。

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そして「時間」を巡っては余りに代わり映えしないまま今に至るため、そもそもそれがイノベーションの対象と思われてないフシが有ります(かつてのSWATCHによる過激なアプローチはどうなったのでしょうか?)。

そう考えると、ウェアラブルの世界は何をやったとしても、それらは全てイノベーションになるでしょうし、余りに停滞が長いのだから何を手がけても大変革につながり得ます。その業界が惰性にまみれて眠り続けているのは、起業家にとってはチャンス以外の何物でも無いでしょう。

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例えば"現在のメガネ業界の市場規模は約5000億円。メガネの販売本数はほぼ横ばいで推移しているが,10年前と比較して1000億円以上市場は縮小した" このレポートは2010年の状況で、2011年の市場規模はさらに大幅縮小しています。

また、"国内時計市場は2007年以降3年連続マイナス成長、2009年は前年比69.1%の4,405億円と近年稀に見る大幅縮小を記録"と言った報告が有りますが、それ以降も景気後退のマイナスカーブに合わせて益々衰退しているのが時計市場です。

いずれもデジタルの力を無視し続けてイノベーションを行った当然の結果のように思えます。僕たちは確かに昔ながらの財布を使いますが、そこに新たなイノベーションを感じないことに慣れてしまっています。

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メガネがあのデザインで落ち着いたのはいつの事でしょうか?そして、時計は携帯電話の勃興に抗うすべがないまま、ただただ衰退への一途を辿っているように見えます。

ただ、これはあくまで個人的な気づきなのですが、スマートフォンの次に来るであろうウェアラブルの世界では、むしろ携帯電話の形態や使い勝手は非常に不自然で、日常的な利用を考えると時計や財布、あるいはメガネ、指輪、ネックレスなど、本来人が自然に身につけ用いていた道具のスタイルにこそ大きな可能性を感じます。

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昨日届いたばかりのNIke Fuel Bandを使っているとそういう印象を強く持ちます。あれは言うまでもなく CPU,RAM、ディスプレイ、センサー、通信装置を有した時計型のウェアラブルコンピュータなのです。

そして、そこではiPhoneが母艦として各種の情報処理や通信を行います。それは、まるで、かつてiPodiPhoneの母艦としてMacintoshやWindowsが活躍していた 200X年代当時の利用スタイルを彷彿とします(未だにその残滓は残っているのですが... )。

そう、もはやスマートフォンが大いに普及を遂げてしまった時代に於いては、むしろスマートフォン自体がかつてのコンピュータの役割を担うのだろうと思います。

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そこで、我々はスマートフォンの普及において後塵を廃してしまった愚を繰り返すべきではありません。スマートフォンの時代にかつてのWindows PCのパラダイムのまま漫然と飽きもせずパーソナルコンピュータを作り続けるのは、限りなく愚かなことです。

今、遅ればせながら、既に普及を遂げつつ有るスマートフォンを、全く同じスタイルで(世界の巨人たちの背中を追いかけて)漫然と作ることに意味があるでしょうか?

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AppleNokiaやRIMが大きなシェアを握っている世界で勇敢にも、マルチタッチという全く新しいインターフェイスで、しかもデバイスメーカーが主役になるという全く新しいビジネスモデルでiPhoneを送り出した時に、多くの批評家はそれを非常に愚かな行為と決めつけました。

ところが、その後のiPhone生態系の隆盛は言うまでもありません。国内企業の携帯電話は言うまでもなく、ノキアやブラックベリーなどはもはや存在が消え去ろうとしています。我々は改めて2007年にAppleが仕掛けたような大いに愚かな企みを、今こそ仕掛けるべきではないでしょうか?既にウェアラブルの世界は既に大いに沸騰しています(この記事に掲載したデバイスは、そのなかでも先行しているケースになります)。

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